北 野 慶 繁 作詞
小 林 純 一 補修
松 本 民之助 作曲
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一、 白雲にみどり映し 風薫る古志原 ここに満てり 溌剌 まゆわかき新人 放てひとみ 宍道のうみは青し ああ栄ある学園に 日々に新たに技を練り 輝かし明日を待たむ 工業 工業 松江工業 わが校 |
二、 城山の城は古く 水青む松江市 ここに立てり 敢然 競いあう新人 張れよ胸を 大山の空は広し ああ伝統の学園に 玉と鏡と智を磨き 世の人の望みうけむ 工業 工業 松江工業 わが校 |
三、 歯車よ ペンよ 松葉 誇らしや校章 ここに寄れり 青春 たたえあう新人 ふるえ槌を 高炉の鉄は赤し ああ誉れある学園に つねにはがねと身を鍛え 勤労の道を行かむ 工業 工業 松江工業 わが校 |

本校は、明治40年4月「松江市立工業学校修道館」の名で、市内南田町に 誕生した。校名の「修道館」は、旧松江藩藩校修道館を継承する誠に由緒 深い名称で、工業高校としては全国にその例を見ない。 本校の校訓は、昭和4年に制定され、その後昭和15年に改定されたが、 敗戦とともに自然消滅したままであった。昭和60年3月に新校訓として 「修道創意」が40年ぶりに制定された。 「修道」の語は創立時の校名を継承し、そのもつ本義は中国古典「中庸」 の自律自学の精神であり、「創意」は工業教育に不可欠な新たなものに取 り組む進取高邁な精神をあらわす。 この校訓は、遠く郷土教育の原点といえる藩学の伝統精神に基づくも のであり、全校教職員の2年間に及ぶ協議の結果として、郷土の生んだ 東洋哲学の世界的権威者、中村元博士の選定よって定めらたものである。